穢れの多いとされた仕事をする職業身分の事。江戸時代に制度的階級として確立し、最下層の身分の人々の事を指していた蔑称。穢多と言う言葉は差別用語であると言う人気が江戸時代からあり、現在も差別用語されている。穢多の身分に属していた人々は自らを長吏やかわたと呼んでいた。エッタ、エッタボシとも。
被差別の階級ではあったが、牛馬の処理と獣皮の加工、また革製品の製造販売などの皮革関係の仕事、刑吏、捕吏、番太、山番、水番などの下級警察官的仕事、草履の製造などの業務を生業とし、皮革産業は軍需産業であることから戦国時代には保護もされていた。皮なめしなどの仕事は、強いにおいを発するため他の民衆からは疎んじられ、農業に適さない河原など離れた場所に住まわされる事が多かった。長吏頭弾左衛門がその支配権を与えられ、穢多・非人を管理していた。弾左衛門は身分的な独占業務を持つため、経済的にはかなり豊かであった。
明治時代の身分開放令により、法的な身分差別はなくなったが、地域によっては偏見は差別は強く残った。